インタビュー

インタビュー 03 さいとうゆきこ(イラストレーター ・デザイナー)


人の数だけある物語。

岩手で活躍している方々のインタビューを掲載するコーナー「wonderfutures」

第3回目のゲストは岩手県盛岡市で活躍するイラストレーター 兼デザイナー。さいとうゆきこさん。フリーランスになってから現在までの様々なターニングポイントを伺いました。

さいとうゆきこ(イラストレーター ・デザイナー)

青森県十和田市出身、盛岡在住の『さいとうゆきこ』と言います。イラストとデザインの仕事をフリーランスでしています。盛岡を拠点に活動しています。

フリーになってからは約9年目です。2011年の1月くらいから活動し始めました。

2010年の10月頃に会社を辞めて、1月までの間はどうしようかなと思いながら、前に勤めていた時のお客さんから仕事を頂きつつ、今後の行く末について考えながら活動していました。とりあえず1人で出来るところまでやってみようかなと思い、始めたのが2011年の1月です。

ちょうど30歳になる直前の頃だったんですけど。

とりあえず、ずるずると会社に勤めてきたけれど、若い内にやってみたい事を思いっきりやってみようと思って。前の会社の環境だとそれが難しいなと感じていたこともあり、辞める決意をしたのが2010年でした。

当時勤めていた会社は盛岡市内のデザイン会社だったんですが、お客さんとの距離感が遠いというか。間に代理店さんが入っているので、直接お客さんの声もダイレクトに聞こえないし、こちらかも『こういうデザインが良いな』というざっくりとした要望は受けていても、こういう事を伝えたいなら、『こんなデザインがより効果的では』という提案がしたくてもしずらいような。ワンクッション挟んでしまう感じですね。

いただく指示の内容も、それが本当にお客さんの意思なのか、代理店の方の意図も入っているのか。わかりずらいなというところもあって。

働いている間は、何とも言えないもどかしさをずっと感じていました。これで良いのかな~。みたいな。

やっぱりデザイン関係の仕事に携わるなら、こうありたいなと思う転機は、一戸町の奥中山にある『岩手県立児童館いわて子どもの森』の仕事を担当したことでした。

はじまりは2007年度の子どもの森のPRポスター制作だったんですが、いわて子どもの森の館長さんが以前より私の絵を見知ってくれていたことがきっかけで、会社を通して仕事をオファーしてくれたんです。初めてダイレクトに私を指名していただいて受けた仕事でした。その後、館内をリニューアルする際にも、館内のビジュアルを担当させていただきまして。館の方たちと話し合いを重ねながら作っていく機会があったんです。

こちらのアイディアも直接スタッフさんに伝えることも出来て、スタッフさんの反応も直に返ってくる。その関係性の中で、ただただ指示を受けて何かを作るのでは無く、お客さんと一緒になってものを作っていく面白さを感じました。

次第に、こういう仕事の仕方をしたいなという気持ちが大きくなっていきましたね。

その一方で、世間の不況の影響を広告業界も少なからず受けていて。

いつの間にか仕事が次第に増え、残業が続き、帰る時間がどんどん遅くなり、とはいえお給料は上がらず…。そんな日々が続きました。

今思うと、会社としても色々と変換を迫られた時期だったんだと思います。

ある時、社員全員に対し、個人面談が行われました。会社に残るか、別の道を選ぶか。

会社が置かれた状況は理解していましたが、日々溜まっていく疲労に、このまま会社に残り続けても体だけでなく精神も疲弊するなと感じてしまって。

思い切って辞めた感じです。一旦、とりあえず辞めようと。

退社後も、他のデザイン会社に入るという発想が無かったのは、その時のイメージが強かったのもあります。他の会社に入っても同じなのではないかと。

どこかのデザイン会社に所属する、という意志はありませんでした。

ましてや、この頃はデザイン業界にずっと関わるとも思って無かったです。

だから、すごいこだわりがあって、『何かを成し遂げてやるぞ』という心意気で独立をした訳では無かったですね。成り行きです。

辞めた当時は、学生時代にあまりバイトを経験してこなかったこともあり、社会勉強じゃないけどスーパーのレジ打ちとか、そういう仕事をするのもアリだなと思っていて。

独立してからも、食べていけないなら、バイトであったり他の職種についても構わないという気持ちでいました。

1人でやっていけるのかも…、と思ったのは、「さいとうさん、独立するならこの仕事、あなたに任せますよ」と言ってくれたお客さんがあって。本当にありがたいなと思いました。

それが1番大きかったですね。築いてきた関係性の中で自分に任せてくれる。という想いをひしひしと感じて。これは大きかったです。

また、会社に勤めていた時から、葛巻町の『森と風のがっこう』というNPOの活動のお手伝いに度々お手伝いに行っていたんですが、そこのスタッフの方達も応援してくれていた事もあって。精神的にとても助けられましたね。その後も、何とか手探りながらもひとつひとつ、仕事を積み重ねて今日までやってきました。

活動を続ける中でのエピソード

民話の音色ポスター

自分が気づかない所で、以前作ったチラシやポスターを見てくれている人が居て、ご連絡をいただいたり、何年も前に一度だけ会った方から、忘れた頃に突然お仕事の依頼をいただく、そんな機会が年を追う事に増えてきたように思います。ここ2~3年は特に。

2011年の震災があった当時は、突然電気やガスが使えなくなったという時に、どうすればいいのか知らないことが多くて。日頃何となく暮らしてきたけど、そんな時に活かせる術を知っておきたいね。友人との会話の中でそんな話題が増えました。そこで、興味のある分野ごとに各自の知り合いの中から講師を呼び、みんなで作ったり勉強してみよう、という企画が持ち上り『あかり学級』と言う勉強会を月に一度のペースで始めました。

「暖をとる」というテーマで各自調べたことを発表しあったり、「遠足」と称しバスで大槌で「復活の薪」の活動をしている吉里吉里国へ見学に行ったり、種屋さんをお呼びして「F1種」や「固定種」「在来種」について教えてもらったり。楽しく真面目に、約2年間に渡り開催しました。

いまだにふとした時に、その頃学んだことが仕事に活かされていることに気付いたり、そこで出会った人との繋がりから仕事が生まれたり。色々な面で影響を受けた時間だったと思います。

装丁 (岬のマヨイガ 著:柏葉幸子 絵:さいとうゆきこ) 

仕事を作るという事

昔からそうなんですけど、興味のある事にとりあえず体験してみたり、首を突っ込んだりするんですけど。それもネタ集めに動いているのかなと。最近思ったりする事が多いですね。

世の中には多様な働き方をしている人が沢山いるんだなと思ったのも『森と風の学校』に通うようなってからで。例えば自然のガイドツアーを自分で場所も見つけて顧客を集めて っていうスタイルでい仕事をしている人が沢山居て。

私の親が公務員だったので、社会に出たらどこかの期間に所属して定年まで働くっていうのが大人の生き方なのかなと。思っていたりもして。

独立する前にそういう人達と出会っていた事が多かったっていうのも、踏み出す勇気をもらっていたのかなと。感じますね。

仕事って貰うだけのものでは無くて作っていく事も出来るんだなと。

『モリオカノオト』シリーズについて

モリオカノオト

独立した年に作り始めました。『shop+space ひめくり』は中津川沿にあるお店。退社してからしばらくはハローワークへ通っていたんですが、そこへの行き帰りの通り道に『ひめくり』さんがあったんです。会社に勤めていた頃から顔見知りだったこともあり、度々立ち寄ってはおしゃべりするのが日課になっていました。

そんな中、オリジナルのカレンダーを「一緒に作りませんか?」という話を頂きまして。ちょうどその頃、私の中にも盛岡をモチーフにした絵を描きたいなという思いが膨らんでいた時だったので、「実はこんな構想あるんですけど…」と始まったのが『モリオカノオト』シリーズです。

なぜ盛岡の風景を描き始めたか

もともと散歩が好きで、暇を見つけてはよくブラブラと色々な所を歩いていました。会社を辞めて一番良かったな、と感じたのは平日に大手を振って散歩が出来たこと。会社員だった頃は、朝出社をしてから夜退社するまでの間、お昼休みくらいしか外に出る機会が無く、次第に季節の移り変わりや日の長さ短さに鈍感になっていたように思います。身体だけではなく、心も酸欠状態だったのかと。辞めてからは、それまでの時間を取り戻すように、とにかく歩いていました。

好きな盛岡の景色の中で、高松の池の上に『毛無森』というちょっとした丘がありまして。そこから見える風景がお気に入りで、特に桜の時期が綺麗なんです。桜の景色越しに盛岡の街を見渡せるような場所で。

そこが好きで度々通っていたんですが、久しぶりに訪れたある日、そこから見える風景がガラッと変わってしまったなと感じた事があって。何かなと思って。

丘の下に古い大きなお家があったんですけど、実はそこのお家がいつの間にか改装されていたんです。

元々は良い感じの飴色の瓦屋根だったんですが、しばらく来ない間に現代的にシャープな屋根になっていて。

そういう瞬間を見つけた時に、こうやって少しずつ風景って変わっていくんだなと。実感しまして。

とりあえず、今好きだなと感じる景色を描き留めておきたいなと思ったのがきっかけです。

今まで描いてきた景色の中で実際に無くなってしまった場所もありました。県庁側から桜山神社へ入って行く手前の内丸緑地に、大きな『ヒマラヤ杉』があったんですが、育ち過ぎてしまってお堀の石造りに影響を及ぼし倒木の危険性もあるから伐採となってしまって。なくなってしまいましたが、図らずとも絵という形でヒマラヤ杉がたたずんでいた時の姿を残すことができたなと。

20年くらい書き溜めると、当時の盛岡を知る資料になるんじゃないかなと思うようになりましたね。

今後について

岩手や盛岡をモチーフにした絵本をいつか描いてみたいなと思っています。一緒に作りましょう、と言ってくれる方もちょこっと出てきていたりして。まだ形としては何一つ始まってはいないんですけど。盛岡の街並みをモチーフにしたものでも良いし、岩手に伝わる昔話をモチーフにした物でも良いし。

何か自分なりに解釈して物語に描き起こす、という作業はしてみたいなと。

今までは、物語だったり絵本を描くにしても、奇想天外な自分の頭の中だけのストーリーを形にしたいなという気持ちが大きかったんですが、色々な人に会ったり、色々な物に触れるにつれ、沢山良いモチーフが身の周りにあることに気が付きました。そこから何かヒントを頂いて形にしたいなと。そういう気持ちは強いですね。

挑戦する人へ

興味のある事や、やってみたい事があるなら、自分の中だけに貯めておかないで『人に言った方が良い』という事を伝えたいですね。

▷さいとうゆきこ公式ホームページ

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